11. 身体は正直
双極性障害II型寛解で、社会復帰にゆるやかにチャレンジしているsakuの体験記です。
「頑張りすぎないで」
と色々な方たちから言われます。
先輩や友人たちや、身体を診てくれる先生たちから。
けれどもわたしは実のところ、「頑張りすぎる」ということが、自分がどんな風になっていることなのかよく分からないのです。
境界線はどこにあるのでしょうか。
目に見えたらいいのにとよく思います。
仕事を始めてからたった2週間で胃腸炎になり、お休みをしました。
(幸い金曜日だったので欠勤は1日だけ。)
思い返せば、数日前からかかりつけの整体師さんや梁の先生から
「首と背中が前にもましてゴリゴリになっています」
「目が疲れていますよ」
「胃腸が冷えて、固まっています」
と症状を指摘され、
「新しい職場ですごく緊張しているのですね」
「職場に嫌な人とかいますか?」
と聞かれていたのでした。
この時のストレスの認識は、当時のnoteによると
- 2年ぶりに働くので新しいMicrofoft Officeの使い方に戸惑う
- 職場の人とのオープンな人間関係はまだ築けていない
- 協業する「他部署A」のトップとの付き合い方が、まだよく分からないけれど面倒くさそうで心配だ
- 引き継ぎで、前任者が主語や目的語のない文章でいきなり話を始めるので混乱することがよくある
としてあり、「このぐらいのことで」身体を壊すなんて思わなかったという受け止め方でした。
このストレスが実際どのぐらいの重さで自分に負担となっていたのか、今となってははっきりとは言えませんが、社会に戻りたてで緊張している状態なら、それなりに効いていたのではないでしょうか。
ただその時のわたしには「頑張りすぎた」という自覚はありませんでした。
「このぐらいのことで」というのは過信だったのか、気負いだったのか。
とにかく、わたしの身体はわたし自身よりも正直で、わたし自身よりも早くSOSサインを上げていたのだと思います。
誰でも時として、心の声よりも身体の声の方がよく聞こえてくることも。
心の声だけでなく身体の声も聞きながら自己管理する必要性を感じた出来事でした。